大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成9年(わ)2015号 判決 1998年1月12日

主文

被告Aを懲役一年及び罰金七〇〇万円に、被告人Bを懲役一年及び罰金五五〇万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ五万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から各二年間それぞれ懲役刑の執行を猶予する。

理由

(認定事実)

被告人A及びBは、平成七年二月当時、福岡市東区(番地略)にそれぞれ居住し、いずれも株式会社福岡ダイエーホークスと一九九四年度野球選手契約を締結したプロフェッショナル野球選手である。

第一  被告人Aは、平成六年分の所得税の申告手続を依頼した「中小企業相談協会」会長を自称するC′ことC及びDと共謀のうえ、自己の所得税を免れようと考え、架空の顧問料を計上する方法により所得を秘匿したうえ、自己の平成六年分の実際総所得金額が一億五八〇六万六一四一円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除して二六四〇万七一〇〇円であったにもかかわらず、平成七年二月二八日、同市中央区天神四丁目八番二八号所在の所轄福岡税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が九八〇六万六一四一円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると一九二万五三八五円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、自己の同年分の正規の所得税額との差額二八三三万二四〇〇円を免れた。

第二  被告人Bは、平成六年分の所得税の申告手続を依頼した前記C及びDと共謀のうえ、自己の所得税を免れようと考え、架空の顧問料を計上する方法により所得を秘匿したうえ、自己の平成六年分の実際総所得金額が一億三〇一〇万六六九五円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除して二〇二二万九四〇〇円であったにもかかわらず、平成七年二月二八日、前記所轄福岡税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が八〇一〇万六六九五円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると二一二万八三九五円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、自己の同年分の正規の所得税額との差額二二三五万七七〇〇円を免れた。

(証拠)<省略>

(適用法条)

注・適用した刑法は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。

一  被告人A

罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一項、二項

刑種の選択 懲役刑及び罰金刑(併科)

主刑 懲役一年及び罰金七〇〇万円

労役場留置 刑法一八条(五万円を一日に換算)

懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項(二年間猶予)

二  被告人B

罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一項、二項

刑種の選択 懲役刑及び罰金刑(併科)

主刑 懲役一年及び罰金五五〇万円

労役場留置 刑法一八条(五万円を一日に換算)

懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項(二年間猶予)

(量刑事情)

本件は、プロ野球選手である被告人両名が、中小企業相談協会会長と名乗るCらに依頼して、架空の顧問料を計上する方法により、被告人Aが約二八三三万円、被告人Bが約二二三五万円もの所得税を免れたという事案である。

被告人両名は、入団時の契約金及び平成六年度の年俸に課せられる所得税の支払を少しでも減らそうと考えていたところ、脱税請負人であるCを紹介され、同人の説明などから、その内容が不正なものであり、脱税になることを十分に認識しながら自己の利益を確保しようとする余り、規範意識が鈍麻して脱税工作を依頼したのであり、その動機は、国民として当然果たすべき納税義務の自覚に欠けた自己中心的なものであって、酌量の余地に乏しい。そして、被告人Aは所得六〇〇〇万円について、被告人Bは所得五〇〇〇万円について、それぞれ架空の顧問料を計上する方法により本件犯行に至ったのであり、その犯行態様は、大胆かつ悪質なものである。その結果、前記のとおり多額の所得税を免れたのであり、納税義務を誠実に果たしている社会一般の人々に与えた不公平感も看過することはできず、本件犯行の及ぼした影響は大きい。

更に、被告人両名は、人気の高いプロ野球選手として、フェアプレイとスポーツマンシップに則り、国民の規範となるべく期待されている立場にありながら、その期待を裏切って本件犯行に及んだばかりか、被告人Aは被告人BをCに紹介して紹介料まで受け取っており、また、被告人Bも複数の同僚選手にCの存在を伝えて同種の犯行に誘い込んでいるのであって、この点においても強く非難されなければならない。

これらの事情に加え、本件が被告人両名それぞれのファンはもちろん、多くのプロ野球愛好者、とりわけ少年少女たちの夢や希望を汚し、更にはプロ野球関係者等に多大な迷惑を及ぼしたことなどをも合わせ考慮すると、被告人両名の刑事責任は相当に重いというべきである。

しかし他方、被告人両名の脱税は一年限りのものにとどまっていること、被告人両名は本件犯行を素直に認め、心から反省していること、被告人両名は既に修正申告をして平成六年分の本税、過小申告加算税、延滞税をすべて支払っていること、被告人両名は、自宅謹慎中であり、今季に向けたトレーニングが十分できない状況にあるうえ、今後球界や球団による処分など相当の社会的制裁をうけることが予想されること、被告人Aには交通違反による罰金刑以外に前科はなく、被告人Bには前科前歴がないこと、被告人両名のプロ野球選手としてのこれまでの活躍ないし実績など、被告人両名それぞれに酌むべき事情もある。

そこで、これら被告人両名に有利不利な一切の事情を総合考慮して、それぞれ主文の刑を定め、懲役刑の執行を猶予して、担税の自覚を促すとともに、プロ野球選手としての生活を通じて更生する機会を与えることとした。

(裁判長裁判官 佐藤學 裁判官 島田一 裁判官 中島基至)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例